学習のポイントと感想

シルバーバーチ読書会

2024.6/16

スピリチュアリズムの思想体系〔Ⅲ〕スピリチュアリズムの信仰実践論

今回は、思想体系の学習の3つの柱の最後「信仰実践論」について学びました。膨大な『シルバーバーチの霊訓』の内容を、「人間が霊的成長するためには、日常生活で何を実践すればよいのか」という観点で、整理しまとめたものです。

人間にとって人生の目的は「霊的成長」です。人間にとっての真の救いも「霊的成長」であり、真の幸福も「霊的成長」です。「霊的成長」こそ、人類にとって最も価値のある霊的宝であるということを、これまで何度も繰り返し確認してきました。私たちが霊的成長するためには、何が正しいことなのかという知識(理論)と、具体的に何をしていけばいいのか(実践)という2つがなければなりません。

一般の宗教にも理論(教義)実践(信仰実践)はあります。しかし、一般の宗教は土台となる知識・理論(教義)が間違っています。間違った教義に従ってどれだけ実践を繰り返しても、霊的成長の道をたどることはできません。

スピリチュアリストは、霊界通信を通じて正しい霊的知識を手に入れることができました。しかし、手にした真理を実践に移さなければ、やはり霊的成長の道はたどれません。英国のスピリチュアリストやスピリチュアリズムは思想だと捉えている日本のスピリチュアリストも、本来の霊的成長への道を歩んではいないのです。

手にした霊的真理を日常生活の中で実践していってこそ霊的成長することができ、本物のスピリチュアリストと言えます。そして、そうした歩みこそがスピリチュアリズムの信仰実践ということです。

では、私たちが具体的にこの地上人生で行っていくべき信仰実践にはどんなものがあるのでしょうか。人間が霊的成長するためには数多くの実践項目がありますが、最も重要な実践項目は次の5つにまとめられます。

(1)霊優位(霊主肉従)の努力
(2)利他愛の実践
(3)霊的真理の普及活動(伝道)
(4)苦しみへの正しい対処
(5)祈り・礼拝

●霊優位(霊主肉従)の努力は、霊的成長のための大前提

大半の人々が、人間とは目に見える物質的要素のみで構成されていると思っています。しかし、実は人間は目に見えない霊的要素(霊・霊の心・霊体)を持っています。そして、地上で生きる生命体の中で、こうした霊的要素を持っているのは、唯一人間だけです。そこに人間と他の動物の根本的な違いがあるのです。

人間にとって真の幸福とは「霊的成長すること」でした。そして人間が霊的成長するためには、物質的要素(肉体・肉体本能)よりも霊的要素を優位な状態(霊優位)に保たなければなりません。霊優位の状態になって、人間は物質の支配から解放され、自由に霊的活動できるようになります。霊優位の状態になると、心が軽く、明るくなり、摂理に適った利他的行動ができるようになります。

しかし肉体を持っているということは、肉体を維持するための思いも当然わいてきます。自分自身を守る、自分自身の利益を優先するという利己性を帯びた思いです。自分が霊的存在者であると認識していても、肉体を持つ地上人である限り、利己的な思いがわいてきます。どれだけ清らかさを求め、人のために働きたい、利他的でありたいと思っても、利己的な思いがゼロになることはありません。

地上で生きる限り、こうした利己的な思いと利他的な思いが交互にやってきます。そして可能な限り利他的な思いを大きくできるようコントロールすることが、霊優位の努力をするということです。霊優位の状態を作っていくことで、初めて霊的成長の道が開けてくるのです。

霊的真理を手にしても、霊優位の状態になって利他的思いで心を満たしたいと思いつつも、知らず知らずのうちに利己性に流されている自分に気づいた時、愕然となったという経験をした人は多いのではないでしょうか。地上というところ、そうした霊肉の闘いを常にしながら、少しずつ成長していく場なのです。心が利己性に傾いても、もがいてもがいて、霊優位の状態に立て直す――たとえ何度失敗しても、立ち上がって前を向きやり直す、それが真理を武器として闘っていくということになるのです。

未熟な自分との闘いは、地上人生の間、なくなることはありません。しかしその闘いこそが、私たちを強く、たくましい人間へと成長させてくれるのです。

参考:霊優位の努力―霊的人生を送るための実践項目〈1〉 ⇒






参加者の感想

今回は思想体系ⅲの実践軸から学びました。真理への正しい理解、正しい実践があってこそ霊的成長の正道を歩めることがよくわかりました。既存の宗教が間違いなのは言うまでもありませんが、自己流のスピリチュアリズム、都合よく解釈したスピリチュアリズム、実践の伴わないスピリチュアリズムでは、一見正しい知識に見えてもイエスと霊団の道具にはなれず、最終的には道を踏み外すのだと感じました。正しい実践をするには、『シルバーバーチの霊訓』が切り開いた道から続く新たな道を、真っ直ぐに歩まなければならないと思います。それこそが、イエスの再臨を前提とし、シルバーバーチの霊的真理をより深く学び体得できる真のスピリチュアリズムです。さらなる霊的歩みをしないのは霊的衰退であり、霊的成長のストップなのだと感じました。
今回は霊的成長の為の苦しみ困難は本質的に有り難いことなのだと、深く理解できたことが本当に有り難いです。「苦しみを喜びに転換、積極的に苦しみを活用」との御言葉から救いと沢山のエネルギーを与えて頂きました。私も自身の言葉でそうしたことを説けるように頑張ります。苦しみに埋没せずに、その意義をしっかりと認識して霊的成長と奉仕へと歩みたいと思います。全ては霊的真理の普及による地球人類の救済、それによる全生命と存在物の調和と幸せという最終目標をいつも心に留めてこれからも頑張ります。(40代男性)

最も重要な霊的成長の道を歩むための正しい実践について、正しい信仰について学ぶことができ、改めて霊的真理の奥深さを実感させられました。本物のスピリチュアリストになるためには、神の摂理に一致した生活を送る事に心がけながら、神の前にもっと謙虚で清い心を持たなければいけないことを感じさせていただきました。的外れな信仰をやって来た者として、一人でも多くの宗教難民たちに霊的真理を伝え導くことが出来るように精進して参ります。(70代女性)

今回は、霊的成長のための実践軸について学びました。今回も図により、霊主肉従のメカニズムなどこれまでだいたいの理解しかできていなかったことが図によりはっきりと理解することができました。これまでシルバーバーチの霊訓を読んで、利他愛の実践(無償の奉仕)が重要であるとわかっていましたが、なかなか実行に移せず、情けない思いをしておりましたが、今回教えて頂いた霊主肉従ができていなければ、利他愛を発生させることができないということがわかりました。以前の私は、肉主霊従の状態が多かったため、利己的な思いしか抱けなかったのだとわかりました。読書会に参加させて頂くようになり、霊主肉従の状態を以前より長く維持できるようになったと感じていますが、気を緩めるとすぐに肉主霊従の状態に戻ってしまいます。常に霊的成長を第一に考えて、霊的真理の勉強、祈りを行うことで霊主肉従の努力、そして次の利他愛の実践に取り組んでいきたいと思います。(30代男性)

霊的真理を知っていることがスピリチュアリストのような気分になっていましたが、知識に基づいた実践の方が重要であり、その積み重ねが霊的成長につながるということがよくわかりました。 しかし実践と一言で言っても、生半可なことでは摂理に沿った実践はとても難しいものです。肉的思いとの闘い、分け隔てのない利他愛、苦しみの甘受、そして伝道、祈り、本当に毎日をいかに生きるかが問われています。それは自分しか評価できません。人と比べることもできません。孤独な闘いだと思います。それを支えてくれるのは信仰です。神を信じ霊界の方々の応援があることを信じ、霊的成長を目指し頑張っていきます。(60代女性)

今回の特別読書会は、スピリチュアリズムの信仰実践論ということで、我々はスピリチュアリストとして何をしたら良いのか、を具体的に教えていただきました。霊的真理すべてを貫く霊的成長が一貫して実践内容の目的となっており、わかりやすく、実生活でのそれぞれの場面での対応、また様々な分野への応用が効き、これからの行動指針として、実際に実践しようという意欲と決意が心に湧いて来ました。改めて霊的真理の素晴らしさを実感した次第です。
今回のことを最大限に生かすか、それとも地に落とすかは私たちの今後の歩みにかかっています。これからどんなことが待っているのか楽しみで仕方ありませんが、同時に大きな使命を与えられたようで、果たしてイエスや霊界の期待に応えられるかどうか不安もあります。でもそれ以上に大きな霊的力をいただいたようで、これまで以上に頑張っていこうという思いが溢れています。(50代男性)

今回の講義用に取りまとめていただいた「スピリチュアリズムの思想体系Ⅲ」のプリントでは、スピリチュアリズムの信仰実践の内容について、具体的かつ明瞭に取りまとめられています。そのプリント資料の作成のために、どれほど尽力されたのかを思うと感謝の言葉もありません。スピリチュアリズムに導かれたといっても、霊的成長はそう簡単に達成できるものではありません。家康公の遺訓ではありませんが、“重荷を負うて遠き道を行くがごとし”です。しかし、後半で強調されていたように、苦しみや困難に対する正しい対処方法を、私たちスピリチュアリストだけが知っています。それを思うと苦労も苦労にはなりません!これからこのテキストを座右の銘として活用し、養成講座第一期生の名誉に恥じない貢献を心がけてゆきたいとの決意を新たにしています。(60代男性)

スピリチュアリズム思想体系[Ⅲ]についての集中講義を聴かせていただきました。日常の日々の生活の中で霊的真理をどのように実践していったらいいのか、明快に教えていただきました。明日からと言わず今日からでも実践に励みたいと思います。
そして口先だけのスピリチュアリストにならないよう気をつけます。 知識の理解だけにとどまらず信仰のレベルにまで高めるためには、意識の変革が必要で、すぐにはとはいきませんが、焦らずたゆまずに歩みつづけていきます。(60代男性)

今回の講義で特に理解が深まったのは、利他愛の実践の所でした。地上の人間同士は霊的成長度が違うので、仲が悪くなってしまう、うまくいかないところそこからが出発点だということ。寛容になり、合わせられるようになり相手の霊的成長や救いを願い、その中で自分も霊的成長をしていくこと。多くの地上人は、自分や家族だけの物的利益、幸福、満足を優先的に求め、その結果、本人と家族の霊的成長が阻害され、人間社会の調和と秩序が崩壊していることは、まさにその通りだと思います。私は日々のことを切り捨てるのではなく、日々の地上生活や、老後、介護など大変な中で信仰実践をしていく。それが修行だ。と言われたことが身に沁みました。今回、読書会に参加させていただき、私が変わったことは、いつでもイエス様が心の中にいて、魂を正しい方向に導いてくださっていると感じられることです。そして、今回の講義で、小さな霊的存在者だった私が、大きく造りかえられたことを感じます。それでも、一度講義を聞いただけでは吸収できないほど、たくさんの霊的宝をいただきました。この宝を、時間はかかりますが、生涯かけて実践していきます。ありがとうございました。(60代女性)

霊的真理を熟知していても、正しい理解と実践なくしては、霊的成長も救いもあり得ない、非常に厳しい世界でもあります。今までの講義の集大成として、また、自分の信仰の在り方を、根本から見つめ直す貴重な学びでもありました。五つの信仰実践の内容について、私が強烈に衝撃を受けましたのは、苦しみへの正しい対処についてのシルバーバーチの苦の哲学であります。何年も学び、何回も学んだはずなのに、苦しみや困難から逃げたい、のがれたい、どこかそんな思いが心の奥底にあったのです。しかし、今回の講義を通して、そんな思いは、微塵も無くなり、苦しみは必要あっての試練であり、人は霊的成長するためにこそ、この地上人生があることを、腹の底から確信する事が出来ました。さらにその背後には、神の大きな愛があることも、はっきりわからせていただき、胸が震えました。
この世に命有る限り、霊が勝つか、肉が勝つか、信仰は正に激しい戦場であります。何度倒れても、立ち上がり、前に進む勇気をいただき、ありがとうございました。(70代男性)

今回の信仰実践論の講義では、人間の最終目的は霊的成長であり、霊的成長こそ真の救いで一番の宝である、ということが一番心に残り、実践の重要性を深く実感しました。実践しなければ霊的成長はできない、そして霊的成長しないことは神の摂理に反している、つまり、実践をすることで霊的成長し神に近づいていくということが、神観で学んできたことと繋がり、さらに深く理解することができました。自分の日々の歩みもしっかりと見つめ直すことができました。霊主肉従の努力は地上ならではのものですが、私はこれまで、霊界に行けば霊だけの存在となるので、肉体を持っていることからの苦しみから解放されている霊界人が羨ましく感じていました。しかし、霊界の人から見ると、肉体を持って苦労することで霊的成長できる地上人は羨ましいと思っているということが分かり、心から納得しました。肉体があるからこそ努力することによって、より効果的に霊的成長できるということに気づき、地上人生の意味と、神が人間を特別な存在として地上に誕生させ、永遠の霊的進化の道を歩ませるという神の深い愛を、また改めて感じました。
どんなに苦しくても、すべては人類救済に役立つためだということを心に留めて、これからの歩みを、イエスの願いにかなったものとなるよう、実践の努力に励み道具意識をもって、人に真理を伝えていけるよう成長していきたいと思います。(40代女性)

思い返してみれば、他者への優しさや思いやりを持てるようになったのは、苦しみの体験を通してでした。身体的・精神的・霊的な苦しみを与えられる中で、私の内に巣食う傲慢性が少しずつ矯正されました。周囲に対して愛情を表現できるようになり、人生が豊かで潤いのあるものへと変化していきました。そうした恩恵を考えた時、苦しみの深い意味をようやく得心できるようになったのです。何ひとつ思い煩うことなく、物分かりのよい人々に囲まれていては、今の私の成長はありませんでした。利他愛を発揮できるようになったことが、内的本性を愛とする神から生み出された子供にとって、どれほどの喜びをもたらすものか ── 霊的成長の素晴らしさを、しみじみと感じ入っていました。
体調のよい日は、あまりありません。厳しい試練も続いています。しかし私は今、内なる喜びでいっぱいです。他者の幸福のために働きかけ、祈ることができるようになったからです。これこそが、真の救いです。さらに苦の体験を通して、苦しみの意義と救いの素晴らしさを堂々と語れるようになりました。伝道者にとって、これほどの恵みはありません。神の深い愛に感謝するばかりです。私をここまで育て上げてくれた神に親孝行ができるよう、自己を高めてまいります。(40代女性)

講義の中で、霊界人から見ると肉体をもって苦しみの体験ができる地上人がうらやましいのだとお聞きして本当に驚きました。地上での苦しみはカルマを清算し、霊的成長の道をリセットしてくれるありがたいものであることをしっかり意識できりようになりました。これまで人生の挫折や苦しみを避けようとしてきましたが、これから苦しみや困難に遭遇した際は、喜んで迎え、乗り越えるための勇気をいただきました。
講義を通して、肉体を持った地上人が霊主肉従の意味を知って、霊的成長を目指すことができるのは本当に幸福なのだと、実感を得ることができました。地上にいる間に霊的真理を知った私たちスピリチュアリストは、霊的真理の伝道によって、自身の霊的成長のみならず、地上人類の救済のために貢献できるのだという、最も幸いな立場に導いてもらっています。その恩恵に心より感謝し、その立場を与えられた責任を果たしていきたい、信仰実践の道をしっかり歩んでいきたいと強く思いました。(50代女性)

思想体系の学びは、今回の思想体系Ⅲで最後となりました。霊的成長のための実践軸について、体系的に学ぶことができました。講義を聴きながら私自身の日々の生活を振り返っていました。私の考え方や行動が、スピリチュアリストとしてふさわしいのかと思いを巡らせていくと、克服すべき課題が満載であることを思い起こしました。霊優位は、簡単ではないからと半ば諦めの意識がありました。霊界では利他愛一色であることを想像すると、自分の利己性が思い浮かび、なんて情けないのかと悔い改める気持ちでいっぱいになりました。霊的真理の伝道や祈りを仕事など生活の合間を縫って、少しでも時間を割いてきたかというとまだまだです。困難に対しても、困難から逃げたいと思うこともしばしばです。地上という物質世界で生きる限り、信仰実践の道は容易ではないですが、神から分霊を与えられた私たちは霊的成長が宿命であることを心に刻み、信仰心を培っていかなければならないとの思いを新たにしました。イエスの純粋な神への信仰心をお手本にし、神とイエスの兵士として、よりふさわしいものとなれるよう、信仰の歩みを深めていく決意を固めました。(40代男性)

人間は性悪かそれとも性善なのかということをよく聞きますが、その答えはどちらでもなく、永遠に霊的成長する存在だ、神に向かって少しずつ近づいていくものだ、ということが分かりました。神が本当に一人一人の人間を愛しておられ、それぞれが自分の力で成長し、親である神に近づいてきて欲しい、と願っておられることがわかりました。更に、何度失敗してもいい、失敗からから学びなさいと、全ての人間に平等に償いの道も用意して下さっておられる、ということもわかりました。スピリチュアリズムに出会ってこの道が真実の道だと確信しました。それまで苦しみながら本来の生き方とは何だろうかと模索していた人生が一変しました。この真理を信じ、歩んでいけばもう苦しむことはない、と思いました。しかし、それは間違いでした。その時点では真理を本当に理解してはいませんでした。苦しみは何度も何度もやってきます。一つ解決してもまた同じようにやってきます。どう捉えたらいいのか分からないときもありました。しかし、それは親である神が作って下さった霊的成長のための摂理であり、自分が作ったカルマの清算であり、霊的成長野道を歩めるように神が用意して下さっているものでした。本当はありがたいものであり、喜んで迎えていくべきものでした。そのように受け止めるまでにはまだまだ先は長いですが、感謝の気持ちを忘れず、明るく元気に対処していきたいと思います。(50代女性)


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